クロード・イーザリーを知っているか。

クロード・イーザリーという人物を知っているだろうか。

1945年8月6日、広島の上空で約45分旋回した後、エノラ・ゲイ号に向けて、「準備OK、投下」と命令したパイロット、それがクロード・イーザリーだ。そしてエノラ・ゲイから投下された原爆が、あの地獄を作り出した。「エノラ・ゲイ」という名前は、機長(クロードとは別人)の母親の名前だそうで、機長は、亡くなるまで、原爆投下は、命令に従ったまでのことと言っていた。この機長はじめアメリカ全体が、原爆投下によってアメリカも日本も被害の拡大を防いだという認識のなか、クロード・イーザリーは「原爆投下を間違った行為」と発言した。


後年彼は、地獄火に焼かれる広島の人々の幻影に苦しみつづけ”狂人”とされ精神病院に入れられた。アメリカのパイロットの中にもこういう人物がいたのだ。イーザリーは映画出演の依頼を受けたことの話しの中で次のように書いている。

「私は、映画スターになるために何かしようなどとは、決して考えていないつもりです。私のただ一つの願いは、平和のために何か私にできることをしたい、核兵器をなくすために協力したい、そして、人種とか皮膚の色とか信仰のいかんにかかわらず、すべての人間の権利を守るために働きたい、ということだけしかありません。

私は、日本の人たちに書いた手紙の全部を思い出すことはできませんが、しかし、私はそうした手紙の一つで、次のように書いたことがあります。自分は、広島を破壊するための”ゴー・アヘッド”の命令を下した当の少佐であること。自分には、この行為を忘れることができないこと。この行為は一つの罪悪であり、そのために自分は非情な苦しみを感じなければならないこと。それで、私は、日本の人たちに対して許しを求めました。さらに手紙の中で、人間は互いに殺しあってはならないのだと、次のように書きました。

何故、われわれは戦争をする必要があるのでしょう?戦争は野蛮な行為であり、非人間的なものです。戦争は、万物の霊長といわれる人間のやるべきことではありません。私には、広島の廃墟の下で眠っている人々が泣きながら、平和をもとめて叫んでいる声が聞こえてきます。私は、人間がたがいに手に手をとりあって、よりよい世界をつくることができるように祈らずにはいられません」(「ヒロシマ我が罪と罰ちくま文庫

クロード・イーザリーは、軍によりあちこちの精神病院に入れられ、1978年癌のために死去。

前置きが長くなったが、今わたしは原爆におけるアメリカの意識について考えている。原爆投下は人類最大の過ちだと思うからだ。そしてアメリカは今も国民の半数以上が原爆投下を支持している。彼らは原爆を軽く考えすぎちゃあいないか、と思うのだ。その軽さがアメリカ映画によく出ている。「トゥルーライズ」「宇宙戦争」「インデペンデンス・デイ」その他もろもろ、ただ爆破シーンを盛り上げるためだけにお気楽にボンボン核爆弾が使われているのだ。そんなアメリカ人達に、おいおい、ちょっと待て、と言いたい。
なるほど彼らは言うだろう。戦争を終わらせるために正義と自由の為に原爆は使われたのだ。それが戦争だと。日本人だって中国で大虐殺してるじゃないかと。ならば君たちはまた戦争で彼らの言う正義を守る時には原爆を使うのか。

アメリカ政府は公式見解で、原爆は戦争を早期に終結させ、多数の生命を救ったと発表し続けている。50年以上たった今でもこの見解を変えようとはしていない。しかし、事前警告なしの原爆投下には公式見解とは別の側面があることは明らかである。アメリカは戦争が終わる前にどうしても原爆を使いたかったからだ。当時の金で20億ドルもつぎ込んだ「マンハッタン計画」の成果を見るために、ソ連への牽制のために。

(長くなったので続きは後日。。。)